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名古屋地方裁判所 昭和34年(ヨ)697号 判決

申請人 日比野信一

被申請人 学校法人名城大学

主文

被申請人が申請人に対し昭和三十四年七月十七日付でなした名城大学長を免ずる旨及び同年八月四日付でなした名城大学教授を解雇する旨の各意思表示は何れも本案判決確定に至るまでその効力の発生を停止する。被申請人は申請人が名城大学長及び名城大学教授として職務を行うことを妨害してはならない。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者双方の申立

申請人は主文第一、二項同旨の判決を求め、被申請人は「申請人の本件申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

申請の理由

一、被申請人は学校教育法、私立学校法に基く学校法人であつて名城大学その他の学校を設置経営しているものである。

二、申請人は昭和二十九年七月十六日名城大学教授に就任し、農学部教授として植物生理学等の講座を担当してきたが、昭和三十三年十月二十五日同大学四学部教授会推薦の下に理事会の議決に基き同大学々長に任命せられ、同時に任期を二年と定められた。爾来申請人は学長並びに理事として職務に精励してきた。

三、然るに被申請人は昭和三十四年七月十七日付にて突如として申請人に対し学長を先ずる旨の意思表示をなし、同月二十九日付通告を以て名城大学本部及び各学部等への立入を禁じ、更に同年八月四日付にて「学園の秩序を乱し内紛を助長せしめ徒らに事を過大に宣伝し、愛学の精神を践みにじり建学の真意をかえりみない学園破壊の行為をなした」との理由で教授を解雇するの意思表示をなした。

四、しかしながら被申請人の学長罷先の意思表示は次の理由により無効である。

(1)  被申請人は申請人の学長の地位を罷先するに当り、理事会の議決を経ることを要するのに拘らず之を経ず、理事長の専断によつてなされたものであつて任免に関する正当な手続を履践していない。

(2)  申請人には学長を罷免さるべき正当な理由がない。

五、次に被申請人の教授解雇の意思表示は次の理由により無効である。

(1)  被申請人所定の名城大学々則第十条によれば、教授、助教授、講師及び助手の進退に関する事項は教授会の審議決定を経ることとされているのに拘らず、本件申請人の教授解雇につき申請人所属の農学部教授会の審議決定を経ていないから解雇に関する手続上の違背がある。

(2)  申請人には解雇さるべき正当の理由がない。

六、よつて申請人は被申請人に対し学長罷免及び教授解雇無効確認等の本訴を提起すべく準備中であるが、被申請人は田中寿一理事長の下擅に理事、評議員等の任免を行い、又学則を無視して学長、学部長等の任免を行う等名城大学の民主的学園の発展を妨げ、教学機構及びその運営、延いては約四千名の学生、百数十名の教授、助教授に影響を及ぼすこと甚大であり、更に申請人個人の生活に影響を与えること大であるから本申請に及ぶ。

被申請人の答弁及び主張

(答弁)

一、申請の理由第一項は認める。

二、同第二項中申請人の教授及び学長就任の日時及び担当講座の点は認めるが、その余は争う。

三、同第三項は認める。

四、同第四項(1)は否認する。(2)については罷免すべき理由がある。即ち申請人はかねてから田中理事長の経営方針に事毎に反対し殊に会計面を明確にせんとする方針に反対して会計の不正容疑者をかばい、且つ暫定学長としての職務を全うしなかつたからである。

五、同第五項(1)は否認する。被申請人が当初作成した学則の第十条には「教授会は次の事項を審議する。」と記載されてあつて、「決定」という文言はなかつたのであり、その後理事会においても改変されたことがないから現在の学則第十条に「審議決定する」との文言があつても、その「決定」の部分は無効である。而して学則第十条第三号の「教授会は教授、助教授、講師及び助手の進退に関する事項を審議する」との規定は教授、助教授等の学力の判定、講師を助教授に、助教授を教授に昇格せしめることを審議する趣旨であつて、学校経営上の理由で教授を解雇する場合は右規定とは無関係であり、教授の解雇は理事長の専断事項である。(2)については解雇すべき正当の理由がある。即ち昭和三十四年七月三十日申請人は教授等に働きかけ、田中理事長排斥の決議をなしたと称して同理事長に対し退任要求をつきつけるが如き行為をしたので解雇したのである。

(被申請人の主張)

一、(学長罷免手続の正当性)被申請人においては学長の任免は理事長の権限に属する。即ち元来学長の任免は私立学校法第三十七条第二項の「学校法人内部の事務を総括する」処の職務の一であるから当然理事長の権限に属するというべきであるが、仮りに然らずとするも、被申請人寄附行為第十二条によれば「この法人の業務の決定は理事会において行う」旨定めているところ、本来理事会の議決を経ることを要する業務は理事会規則等により定めらるべきものである。而して規則の明文なき場合には理事会の慣習によるべきである。被申請人においては理事会規則がないから理事会の慣習による。次に寄附行為第十条によれば「理事長以外の理事はすべてこの法人の業務についてこの法人を代表しない」旨定めていて、理事長の単独代表制であり従つて業務の執行も単独で行う権限がある。理事長の権限については寄附行為その他に何等の規定がないのでこれ又慣習によるべきである。而して被申請人における学長の任免は従来理事長の権限に属するものとして専行してきた慣習がある。即ち学長の任免は理事長の常務に属する。申請人を学長に任命するときもそうであつた。而して任命権を有する者は解任権も有するというべきが当然である。かくの如き理由で申請人の学長の地位を罷免するのは田中理事長の専権を以てなしうる訳であるが慎重を期する意味において、又事を穏便に運ぶには理事会の議決を経ることが望ましいから、本件罷免については事前に四理事の承認を得ており、又罷免後の昭和三十四年七月二十六日には理事会を開催して事後承認の議決をなしたのである。然らば仮りに理事会の議決によらねばならないとしても、これを履践したことになるから、如何なる点からみても本件学長の罷免につき手続上の瑕疵はない。

二、(学長罷免の理由)申請人の学長たる地位を罷免したのは、学長たる理事として他の理事と共謀して理事長の業務執行権を無視したからである。学長理事なるものは学長なるが故に経営の便宜上経営体に参加している理事であつて、本来の理事ではない。所謂教学権を預つているので法制上及び寄附行為上理事とされているにすぎない。然らば学長理事の理事会における活動は、例えば或る学部の予算はどれだけ必要であるかを説明するとか、何某は適任であるから教授として雇い入れるべきである旨を推薦するとかの純粋学事に限らるべきである。そして経理関係の組織を如何にするか、何人を会計課長にするかという如き経営体の内部運営に関することにまで干渉すべきではない。然るに申請人は学長理事の職分を超えて理事会に干渉した。そこで申請人の理事たるの地位を罷免するために同人の学長たるの地位を罷免しなければならなかつたのである。而して申請人には学長を罷免さるべき次のような具体的な行為があつた。

(1)  被申請人には昭和二十九年理事長の地位を廻つて内紛が起つた。即ち、大串兎代夫教授を中心とする一部の教授達が伊藤万太郎理事を理事長に仕立てて田中理事長の退陣を求めてきた。これに対して田中理事長側は同理事長を中心として、田中卓郎、小島末吉両理事、小出仁三郎監事、申請人、大橋光雄教授及び守田教授等であつたが、昭和三十三年八月一部分は田中理事長側の勝訴判決、一部分は和解により右紛争は田中理事長の復帰を以て解決した。右の内紛において田中理事長側は大橋光雄弁護士が代理人となり、林大作弁護士が復代理人となつて訴訟事件の解決に当つた。昭和三十二年六月頃訴訟事件は調停手続に入つたが同年十月不調となり、その後は判決手続で進行せられた。昭和三十三年二月頃から林弁護士は相手側の代理人である竹内弁護士と通じて田中理事長及び大橋弁護士の方針に反した行動をとるようになつたので、大橋弁護士は林弁護士への復代理委任契約を解除した。当時田中理事長側には多少の譲歩をしてでも早期に内紛を解決すべしとする田中卓郎理事、小島理事、小出監事及び申請人があつたが、田中理事長及び大橋弁護士はあくまで黒白を決すべしとの方針であつた。林弁護士は右の情勢に乗じ、新に小島理事、田中卓郎理事の両名から前記内紛処理に関する委任を受けた。今日の被申請人理事会不統一の根源をなすべき、かかる分派的行動を画策したのが小出監事であり、申請人である。一方林弁護士の企画は、田中理事長側の分派的存在である。申請人等をして大串側の数々の非行に眼を閉じさせ、その不正行為をも追求せしめないで、大串の身分を保障せしめ、更に大串側の理事長職務代行者福井勇を理事長の地位につかしめることによつて内紛を解決せんとするにあつた。他方田中理事長はかかる和解工作が底流しつつあることを知らず訴訟を進行し、右福井代行者をして同人の自責に訴えて辞表を提出せしめて解決し、草葉隆円理事の選任無効確認訴訟は昭和三十三年八月二十五日勝訴判決の言渡を受け、従来大串側についていた高阪釜三郎理事は田中理事長支持を約し、以て田中理事長復帰はそのまま推し進め得たのであるが、さきに調停手続において尽力された河野勝齊に報いる意味で同人の示した理事会声明を受諾し、当時係属中の訴訟事件等一切を取下げる旨の裁判外の和解により内紛に終止符を打つたのである。

(2)  而してその後直ちに新理事が選任せられ、新な理事会の下に理事会声明を表明して被申請人は再建の第一歩を践み出したのである。そして右声明においては、愛学の精神に出た行為は之を罰しない旨を表明したのであるが、勿論この意味は愛学の精神に出た行為については一切その責任を問わないけれども、いやしくも犯罪行為についてはこの限りでないと解すべきであり、田中理事長始め高阪、大橋及び斎藤確の各理事はかく解している。然るに大串、田中卓郎及び申請人等は右声明を以て一切の過去の行為の責任を問わない旨解し、この解釈の相違が今回の紛争を惹起したのである。而してかかる解釈をなす根底には前記林弁護士の暗躍による内紛中の大串側と申請人等一派の密約が存するものと推察される。

(3)  前回の紛争解決後最近に至るまでの被申請人の業務執行は申請人、田中卓郎、小島の各理事及び小出監事がその実権を握り、田中理事長の執行権を妨害する行動が多く、且つ申請人及び小出監事が会計の実権を握り頻る不明朗であつた。よつて田中理事長は先づ会計面から粛正せんとし、吉永、玉井、今井の三事務職員を処分し、次いで昭和三十四年五月頃の理事会において武藤会計課長に金二十万円の横領事実があることが明らかになつたので、同人を解雇する議決をした。右議決に基き田中理事長は事務局に発令手続を命じたところ、その発令は田中卓郎理事によつて妨害され、申請人及び小出監事は之を諫止し理事会の議決に副う発令手続をとらしむべきが当然であるのに拘らず、右妨害行為を幇助し、これに追随する態度に出た。

(4)  前記の如く大串兎代夫は就任早々であつて被申請人の事情を知悉しないまま前回の内紛において田中理事長排斥の先頭に立つたが、同人には次の如き数々の不正行為がある。即ち名城大学の東京分校を設置するために買入れた建物(所謂東京建物)から挙がる収益金を着服し、右東京建物を自己の法律事務所として不正に使用し、前回の内紛の際大串個人の訴訟代理人に対する弁護料を名城大学の経費として不正に支出し田中理事長が被申請人の公金を横領した旨の誣告をなし、前記福井理事長職務代行者の背任行為に加担し、名城大学薬学部の校舎建築費中金二百五十万円を不正に流用し、前回の内紛解決の約旨に反し大橋弁護士に対する告発を維持し、又大橋の教授会参加を拒否し、前回内紛の際の訴訟事件担当裁判官であつた白木伸判事に対する訴追請求を教唆し、被申請人所有の名古屋市昭和区駒方町所在の校舎内に不正に居住する等である。よつて田中理事長は大串を処分せんとし、意見を同じくする大橋教授会に参加せしめんとしたところ申請人等は大串の解雇を恐れて之が拒否を策動し、更に田中理事長は大橋教授を法商学部長に任命の上大串処分問題を解決せんとしたところ、申請人等はこれにも反対し、結局大串処分について申請人は事毎に田中理事長に反抗した。

(5)  次に小出監事は昭和二十九年、前回の内紛発生当時金五十万円を退職金と称して武藤会計課長に提供せしめて之を借受けたり、内紛解決後監事でありながら会計支出に直接関与し、支出には事前に同人の許可を要する旨会計担当の事務職員を指導したり、理事長たる田中寿一名を冒用する等して領収証を偽造して金員を引出したり、被申請人の公金を不正に流用し、一時は被申請人所有の不動産の権利証を所持して理事長に引渡さなかつたり、前回内紛中の会計記録を監査すると称して持ち去つたまま今日に至るまで返還しない等の数々の不正行為がある。田中理事長はこれを理事会に報告したところ理事会全体としては之を認める趨勢にあるのに拘らず、申請人は右小出の行動を肯認している状態である。

(6)  かくの如く前回の内紛解決後の田中理事長の被申請人内部の粛正の意図は事毎に申請人、田中卓郎、小島末吉及び小出仁三郎等によつて妨害されるので、田中理事長は自ら執行権を確立せんとして昭和三十四年六月名城大学出身者である栗田三喜男、木俣和彦、村上公一の三名を秘書として採用し、自ら業務執行をなし、之が組織を改善し、会計の誠実なる実施を把握せんとした。然るに申請人等は彼等の不正なる会計が暴露されることを恐れて之に猛然と反対した。即ち田中理事長の右人事は同人が精神異常を来たした結果であり、右の精神異常は前記三名の秘書が田中理事長を監禁した結果であるからかかる者が秘書としている限り、被申請人は破壊されるとまで公言し、一切の会計帳簿を隠匿するに至つた。

(7)  更に前記大串の教唆により白木判事の訴追請求の動きが表面化するや同判事は辞職するに至つたので田中理事長は右の結果に深く反省し、一時自ら理事長の職を辞して昭和三十四年七月二日斎藤確理事を理事長職務代理に指名した。元来白木判事訴追請求の因を作つた前回の内紛解決後の関係者に対する記念品贈呈は、申請人田中卓郎、小出等の提唱の下になされたのであるから、同人等こそ謹慎の意を表すべきであるのに拘らず右の田中理事長の態度を捉えて理事長辞任の如く宣伝し、あたかも彼等が理事長職にあるが如く振舞つた。而して同月十七日申請人田中卓郎、小島及び小出等が策謀し、高阪、斎藤の両理事を欺いて名古屋市内鈴の家旅館において秘密理事集会を開催し、田中理事長が告訴により失脚したときは金三百万円の引退金を支払う旨の決議をなし、告訴による田中理事長の失脚を計るに至つた。

(8)  申請人は前回の内紛解決後、田中理事長が選挙によつて選出せよとの学部長等の反対を押えて任命された暫定的学長であつて、急速に正規学長選出の努力をなすべきに拘らず、その地位に固着せんとして職務を全うしなかつた。即ち田中理事長から学長候補者選挙規程の立案を命ぜられていて一年にもならんとするのに何等の立案をも示さない状態である。

かくの如き理由から田中理事長は正義を貫かんとして申請人の学長たる地位を罷免したのである。

三、(教授解雇の理由)申請人は学長を罷免されるや田中理事長の独断は教学権を侵害したと称して教職員を煽動し、田中理事長退任要求決議をなさしめた上右決議文を田中理事長につきつけて自ら理事長排斥運動の先頭に立ち、学生に対して授業料不払を同盟せしめたり、被申請人の取引銀行である株式会社三和銀行名古屋駅前支店を訪れて田中理事長に精神異常ある旨を宣伝して同人の信用を毀損し、金融措置を妨害するに至つたので申請人を解雇するに至つたのである。

四、(解雇後の申請人の実力行使と仮処分の必要性なきこと)申請人はかくして正当な権限を有する田中理事長により解雇せられた。従つてこれに従うべきであり、若し不服あらば裁判によりその地位を復することができて始めて執務すべきである。然るに申請人は実力を以て大学を占拠し、申請人が本件において勝訴した場合と同じ状態を実現し、自ら学長なりと称したり学内に提示して平常通り学長の職務を執行している。かくの如き直接行動に出る以上本件申請は保全の必要性がないというべきである。

被申請人の主張に対する申請人の答弁

一、申請人は学長選挙規定が制定され之に基いて正規の学長が選出されるまでの暫定学長であつたことは認めるが、任期は二年と定められていたし、又学部長等の反対を押切つて任命されたのではなく、むしろ推薦を受けて任命されたのである。

二、田中理事長による申請人の学長罷免の発令前右学長罷免について四理事の承認を得たとの事実及び罷免後正規の理事会を開催して之が追認の議決をなしたとの事実は否認する。仮りに田中理事長、高阪、斎藤、大橋の四理事が何等かの会合を開いて申請人の学長罷免の追認をなしたとしても、それは適法に成立した理事会ではないから其処で如何なる議決がなされても、理事会の議決としての効力はない。少くとも申請人は右理事会の招集通知を受けていない。

三、申請人は名城大学長であると同時に被申請人の理事であるから、名城大学の教学面の最高責任者であつて校務を掌り所属職員を統督する職責を有すると同時に被申請人の経営担者の一人である。

四、昭和三十四年五月頃の理事会において武藤会計課長の罷免の議決が為されたことはない。同月二十九日の理事会において同人の不正行為に基く罷免問題につき討議されたことはあるが、金二十万円の横領の事実を確認することができなかつたので、なお調査を続行する旨の議決がなされたにすぎない。従つて理事長が罷免発令の手続をとる筈はないが、仮りにあつたとしても申請人は知らないことであつて之を妨害せんとした事実はない。

五、被申請人は大串前学長に数々の非行ありとして多くの事実を挙げているが、申請人はその殆んどを知らない。ただ東京建物について不正があつたとの噂を耳にしたことはあり、理事会においても同人の処分問題が起つたことがあつたが、その際申請人がその処分に反対したのは仮りに大串前学長に非行があつたとしても、前回の内紛の際の一方当事者を処分することは理事会声明の趣旨に反することとなり、再び被申請人内部に紛争を惹起することを恐れたがためである。

六、被申請人は田中理事長が理事会において小出監事の数々の不正を報告したこと及び申請人が小出の不正を肯認した旨主張するが、申請人は小出の不正事実を知らないし、又理事会において田中理事長から報告を受けたこともなく従つて小出の不正を肯認したこともない。

七、次に栗田、木俣、村上の三秘書の任命についてであるが、同年六月八日の理事会において先づ村上を田中理事長秘書に任命する件が討議され、申請人は之に賛成した。次いで同年七月一日の理事会において栗田、木俣両名を田中理事長秘書に任命する件が討議された際には申請人は之に反対した。反対の理由は、同人等はその頃既に名城大学内に出入りした事毎に田中理事長の側近風を吹かせて勝手に教授会議室を校友会室としたり、学長たる申請人に対し莫大な校友会費の支出を強要したり、或は教授を監督すると称して校友会室に出勤簿を置いてあたかも勤務評定をなすが如き気勢を示したり、大学院教室を自らの支配下において講義、研究を不可能にしたり無断で小出監事の部屋を変更し、申請人が注意すると悪口を以て答える等横暴、非礼極まる態度であつて、之がため申請人の許に学内から屡々苦情がもたらされたので之を放置したのでは学内が乱され教学にも支障を生ずると考えたからである。もとより申請人には一片の不正もないから被申請人の主張する如く不正の暴露を恐れて反対するいわれはない。又申請人はこれに関し右三名や田中理事長の人身攻撃をなしたこともなく、会計帳簿を隠匿したこともない。

八、大串前学長が白木判事の訴追請求運動をなしたかどうかは申請人は知らない。同年七月二日田中理事長が斎藤理事を理事長職務代理に指名した事実は認める。しかしながら右の事実について申請人が田中理事長辞任の如く宣伝したことはない。申請人が前回の内紛解決関係者に対する記念品贈呈の提唱者の一人であるとの事実は否認する。

九、同年七月十七日名古屋市内鈴の家旅館において田中理事長、大橋理事の二名を除く全理事出席の下に理事会が開催されたことは認める。しかし被申請人主張の如き議決がなされた事実はない。そもそも右理事会は白木判事の辞職に伴い、之によつて生じた事態の収拾につき協議するために当時の理事長職務代理斎藤理事の招集により開催されたのであつて、田中理事長の追出しを狙つたものではない。ただその席上田中理事長が辞職するような事になれば生活保障のため退職金として金三百万円を贈呈しようとの議決がなされたにすぎない。

十、申請人が学長罷免の意思表示を受けた後、教職員に対し田中理事長の排斥を煽動して之に退任要求決議をなさしめたという事実はない。申請人はさきに学長に任命されるに際しては全学教授会の推薦を受けていたことに鑑み、田中理事長の独断による学長罷免の当否を教授会において審議してもらい、若し教授会において罷免を可とせばそれに服するつもりであつたところ、全学教授会は田中理事長の右処分始め四学部長短期大学部長の罷免その他の人事並びに機構改変があまりにも無暴であつて、その方法が独裁的である上不当極まるものと判断して田中理事長退任要求を決議するに至つたのである。かくの如くしてなされた全学教授会の決議書を申請人が四学部長(内一名は代理)と共に田中理事長の許に持参提出したことは認める。全学教授会で決議されたものである以上、その代表者である学長及び学部長が意思伝達の責を負うのは当然である。

十一、小出監事と共謀して被申請人の取引銀行において田中理事長に精神異常ある如く宣伝して同人の信用を毀損したり金融措置を妨害した事実はない。

十二、現在申請人が学長の職務に従事していることは認めるが、実力を以て大学を占拠しているのではない。正当な権限を有する者から正当に罷免、解雇された訳でないから従来通り執務しているのである。

第三、疏明〈省略〉

理由

一、当事者間に争のない事実

被申請人が学校教育法、私立学校法に基く学校法人であつて名城大学その他の学校を設置、経営していること、申請人が昭和二十九年七月十六日名城大学教授に就任し、農学部教授として植物生理学等の講座を担当し、昭和三十三年十月二十五日名城大学学長に任命せられたこと、被申請人が昭和三十四年七月十七日付にて申請人に対し学長を免ずる旨の意思表示をなし、同月二十九日付通告を以て名城大学本部及び各学部への立入りを禁じ、更に同年八月四日付にて「学園の秩序を乱し内紛を助長せしめ徒らに事を過大に宣伝し、愛学の精神を践みにじり建学の真意をかえりみない学園破壊の行為をなした」との理由により教授解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

二、争点

処が申請人は、申請人に対する被申請人の右学長罷免並びに解雇の意思表示は何れも正規の手続を経ていないから無効であり、又何れも正当の理由なくしてなしたものであるから無効である旨主張し、被申請人はすべて之を争うから順次判断する。

三、学長罷免手続の効力

先づ申請人は学長を罷免するには理事会の議決によることを要すると主張し、被申請人は理事長の権限を以てなしうると抗争するので考えるに、被申請人は学長の任免が理事長の権限に属することの根拠として第一に私立学校法第三十七条第二項の規定の存在を主張するのであるが、右規定によれば、理事長は評議員会を招集し、評議員会に議案を提出する等の法律に規定する職務を行いその他学校法人内部の事務を総括する権限を有するに過ぎない。学校法人の業務の決定については同法第三十六条において理事の過半数でなす旨の規定が存する。而して成立に争のない甲第一号証(名城大学寄附行為)の記載によれば、名城大学長は当然被申請人の理事となるのであるから、理事の地位を当然伴う学長の任免の如きは学校法人における重要な業務の一と解するのが相当であるから、右第三十六条の規定により理事の過半数をもつて決すべく、理事長単独の権限に属しないと言うべきである。次に被申請人は、理事会規則の存しない被申請人においては理事会の議決を要する業務と理事長単独でなしうる業務の決定とは理事会の慣習によつて定まると解すべきであるところ被申請人は従来学長の任免を理事長単独でなして来た慣習がある旨主張するが、かかる慣習の存在を認めるに足る疏明がない。却つて成立に争のない甲第五号証の一、第三十三号証並びに田中寿一名下に同人の捺印(同人の捺印であることは同人の第一回本人尋問の結果により認められる)があるから真正に成立したものと推定すべき同第五号証の二の各記載によれば、申請人を学長に任命するに当つて理事会の議決を経た事実が一応認められ、更に前記甲第一号証の記載によれば、名城大学の業務の決定は理事会において決定すると規定されてあり、また名城大学長は当然被申請人の理事となり、評議員の互選によつて選任された理事二名と共に他の理事を選任する権限を有することが疏明せられるところからみれば、学長の地位の重要性に鑑みその任命は理事会の議決を経なければならないと解すべきである。右の如く学長の任命につき理事会の議決を要すると解する以上その罷免についても同様に理事会の議決を要するものと解するのが相当である。

処で被申請人は仮りに理事会の議決を要するとしても之を履践した旨主張するので考えてみるに、証人大橋光雄の供述により真正に成立したと認めうる乙第四号証、第二十号証の各記載並びに同証人及び被申請人代表者田中寿一本人(第一、二回)の各供述を綜合すると、被申請人が申請人の学長罷免を発令した昭和三十四年七月十七日当時は理事会の議決を経ていなかつたが、当時における被申請人の理事が田中寿一、高阪釜三郎、斎藤確、大橋光雄、伴林、小島末吉、田中卓郎及び申請人の八名であつたが、同月二十六日名古屋市昭和区菊園町菊園旅館において理事会が開催せられ、申請人学長罷免追認の議決をなしたところ、その理事会は申請人を除く他七名の理事に対してのみその招集通知を発したものであつて、申請人に対してはその招集通知がなされなかつたことが一応認められる。而して当時申請人は理事の地位に在るものであるから申請人に対しても理事会招集の通知をなすを要し申請人に対する招集通知を欠いた右理事会はその招集手続において瑕疵があがあるといわねばならない。しかしながら理事会における審議事項中、その事項が特定の理事に利害関係のある場合には当該理事は審議に加わり、議決権を行使しえないと解するのが相当であるから、たとえ右理事会の招集通知がなされて之に出席していたとしても、申請人は同人の学長罷免に関する審議及びその表決についてはこれを行使しえないこととなり、前掲疏明資料によれば右理事会において六理事のうち斎藤、高阪、大橋の三理事が罷免に賛成し、可否同数となつて寄附行為第十三条第一項により議長たる田中理事長が罷免に賛成した結果、申請人の学長罷免の議決が成立したことが一応認められる。従つて前記招集手続の瑕疵は之が理事会の議決に影響を及ぼさないこととなり、無効を招集する瑕疵には当らないというべきである。よつてこの点に関する申請人の主張は理由がない。

四、学長罷免理由の存否

然らば申請人に被申請人が主張するような学長罷免の理由となつた事実があつたかどうかについて被申請人主張の前記二の(1)ないし(8)の事実を順次考察する。先づ(1)、(2)について。申請人本人の供述により真に成立したと認むべき乙第二十一号証の記載並びに証人大橋光雄及び申請人本人の各供述とを併せてみれば、被申請人の前回の内紛において申請人は田中卓郎、小島末吉各理事、小出仁三郎監事、大橋光雄教授等と共に所謂田中理事長側として田中理事長復帰を支持し、弁護士でもある大橋光雄が訴訟代理人となり、更に林大作弁護士が復代理人となつて紛争の処理に当つて来たが、大橋弁護士は林弁護士の事件処理方法に不満を抱き、復委任を解任するに至つたところ、必ずしも大橋弁護士の方針のみを是としない田中卓郎、小島の両理事は改めて林弁護士に対して内紛処理の委任をなし、小出監事及び申請人も之に同調した事実を一応認めることができる。しかしながら申請人本人の供述によると、右の行動はあくまで早急に田中理事長の復帰を希い、被申請人を再建せんとする意図でなされたことが疏明され、申請人が徒らに田中理事長に反対し、分派的行動を執り、大串側と締契し、現在の名城大学の紛争を惹起した事実を認むべき疏明はない。

(3)について。証人大橋光雄、申請人本人及び被申請人代表者田中寿一本人(第二回)の各供述によると、昭和三十四年五月頃開催された理事会において武藤会計課長を金二十万円横領した事実により解雇処分にする旨の議決のなされたこと、右議決にも拘らず田中卓郎理事は武藤解雇処分の理事会の決裁書類に捺印せず、解雇の発令手続をしなかつたことが一応認められるが、田中卓郎理事の右行為につき申請人が之を幇助したとの事実についてはこれを認めるに足る疏明はない。

(4)について。大串兎代夫教授の解雇問題が理事会において審議せられたこと、申請人が之に対して反対の態度をとつたことは申請人の認めるところであるが、成立に争いのない甲第四号証の記載申請人本人の供述と弁論の全趣旨とを併せみると、申請人が大串教授の解雇に反対したのは前回の内紛解決後理事会が発した「内紛に伴つた各人の行動はこれが愛学の精神に出た以上これを責め不当に解雇するが如き途をとらない」旨の声明書の趣旨に反することを虞れたからであることが一応認められ、右の事実によれば折角終止符を打つた被申請人の内紛を再発せしめることを憂うる愛学の精神に出でたものであつて、徒らに田中理事長に対し反抗したものでないとみるのが相当である。また、大橋光雄教授を法商学部の教授会に出席せしめることにつき申請人が反対したとの事実はこれを認める疏明がなく、大橋証人の供述によれば申請人が田中理事長の大橋法商学部長任命に対して反対した事実を一応認めることができるが申請人が大串解雇を恐れてかかる態度に出でたとの事実については何らの疏明がない。むしろ名城大学「学部長候補者選挙規程」(証人渡辺鎮雄の供述によつて真正に成立したと認めうる甲第十九号証)の存することに鑑み学部長の任命は理事会乃至は理事長の独断を以てなしえないとの考慮から反対の態度に出たものと推認される。

(5)について。被申請人代表者田中寿一の供述(第二回)によれば小出監事に不正の事実のあつたことは疏明されるが、申請人が右小出の不正行為を肯認擁護した事実はこれを認めるに足る疏明はない。

(6)について。村上公一を田中理事長秘書として任命することに対して申請人が反対したとの事実については何ら疏明がない。却つて申請人本人の供述によれば、右村上の秘書任命については申請人は之に賛成したことが一応認められる。次に同年七月一日の理事会において栗田三喜男、木俣和彦の両名を理事長秘書として任命する件が審議された際申請人が之に反対したことは当事者間に争がないが、申請人が反対したのは当時申請人田中卓郎、小島の各理事が実権を握つていた会計の不正が暴露されることを恐れたためであるとの主張事実についてはこれを認めるに足る疏明はない。むしろ申請人の供述によれば、右反対の理由は栗田等三名の行動について学内から非難の声多く、理事長の秘書たるに適しないと考えたことによることが一応認められる。また、申請人の会計帳簿の隠匿については之を一応認めるに足る何らの疏明がない。

(7)について。前回の内紛後関係者に対する記念品贈呈が申請人の提唱にかかる事実を認める疏明なく、証人大橋光雄は「申請人及び田中卓郎、小出、小島等が理事長の職務を斎藤理事に代理せしめた田中理事長の態度をあたかも田中寿一引退の如く宣伝した」旨供述するが、その供述事実のみをもつては申請人の行為を強ち不当とみることはできない。なお昭和三十四年七月十七日名古屋市内鈴の家旅館において田中理事長及び大橋理事を除く全理事即ち申請人斎藤、高阪、小島、伴、田中卓郎の各理事が会合した事実は当事者間に争がないが、申請人本人の供述によると、右会合は理事長職務代理者斎藤理事の招集によるもので、その理事会において田中理事長が辞職するような場合には同人及び同人の妻コトの功労に報いるため金二、三百万円の年金を贈呈する旨の話合いがなされたに止まることが認められ、申請人等が田中理事長の失脚を計つたとの事実については何ら疏明がない。

(8)について。申請人が学長候補者選挙規程が制定されこれに基く学長が選出されるまでの暫定的な学長であることについては当事者間に争がなく、申請人が学長として右規程の制定、これによる学長の選出の職務を有していたことについては申請人は明らかに争わないが、前記甲第五号証の二によれば、申請人は昭和三十三年十月二十五日の理事会において二年の任期を以て学長に任ぜられたものであるから、前記の職務も右期限内に之を果せば足りると解すべく、申請人が学長罷免の意思表示を受けた当時は未だ任期の半分も経過していなかつたのであるから、それまでに右職務をなしえなかつたとしてもこれを以て直ちに学長としての職務違反ありとすることはできない。

なお、被申請人は学長なるが故に理事の地位に在る者はその理事としての活動も学事に関する面に限らるべきであつて、経営体内部の運営に干渉すべきものでない旨主張するが、およそ学校法人の理事たる地位にある者は、それが学長なるが故の理事であつても他のすべての理事と同様当該学校法人の業務決定機関である理事会の構成員として理事会におけるすべての審議事項に参画して議決権を行使すべきこと私立学校法第三十六条及び成立に争のない甲第一号証の被申請人寄附行為第十二条、第十三条の規定からみて自明の理であり、被申請人の主張は採るに足りない。

以上の如く被申請人の主張する学長罷免事実は結局においてその疏明なきに帰する訳である。名城大学においては理事会の過半数の決議をもつて学長を免職し得ると解したことは前記のとおりであるが、然らば理事会の過半数の決議をもつてすれば、何時でも自由に学長を免職することができるであろうか。教育公務員特例法第六条によれば、国公立大学の学長は大学管理機関の審査の結果によらなければその意に反して免職されることはないと規定されている。大学管理機関とは同法第二五条第一項第四号によれば現在においては大学の部局長で構成する協議会である。即ち学長はその大学の協議会の審査の結果によらなければその意に反して免職せられることのないという地位の保障を与えられているのである。一般の国家公務員又は地方公務員の免職の場合と異り、学長の免職につき右の如き特例を設けた理由は、憲法及び教育基本法に規定する「学問の自由」に由来する大学の自治の原理に基く。即ち、任命権者又は外部勢力の学長に対する不当な圧迫、干渉を排し、学長の地位を安固ならしめ、もつて大学の自治、学問の自由を擁護せんとするにある。此の理は独り国公立大学の学長に限らるべきものではなく、私立大学の学長にも普遍するものであることは論を待たない。私立大学の学長の免職について私立学校法人法には右の如き規定は存在しないが、私立大学の学長の任免につき理事会等の任命権者の恣意を抑制することは法的要請である。名城大学においても寄附行為にこの点につき何等規定するところはないが(尤も名城大学学則第一一条によれば、名城大学には学部長及び各教授会において二名宛互選した者をもつて構成する「協議会」が存在するので、これを抑制機関たらしめるを相当とするかもしれないが、此の点の論議は暫く措く)、少くも理事会の決議と雖も、学長を罷免するには、学長としての職務執行の実績が不良であるとか、学長たるの適格性を欠くとかなどの正当の事由の存在を要するとするのが最低の法的要件と言うべきである。換言すれば、名城大学の学長は少くも正当の事由によるに非ざればその意に反して免職されない法的地位を有するものであると言うことができる。

然るに、前記の如く申請人の罷免についてはその正当事由の存在を認むべき何等の疏明もないから前記理事会の決議は無効と解すべきである。よつて申請人のこの点についての被保全権利は疏明があるというべきである。

五、教授解雇手続の効力

次に申請人は昭和三十四年八月四日付で被申請人が申請人に対してなした解雇手続は申請人の教授たる地位を剥奪するのであるから名城大学々則第十条により教授会の審議決定を経なければならない旨主張するので考えてみるに、申請人が被申請人により昭和三十四年七月十七日付で学長罷免の意思表示をなされた後も農学部教授であること及び申請人に対する被申請人の同年八月四日付解雇の意思表示が名城大学農学部教授の地位を剥奪するものであることは当事者間に争がない。而して成立に争のない甲第二号証の名城大学学則によればその第十条に「教授会は次の事項を審議決定する」と記載され、その第三号に「教授、助教授、講師及び助手の進退に関する事項」と記載されていることが明かである。被申請人は当初の名城大学学則第十条には「審議する」とのみ記載せられており、その後理事会においてこれを変更したこともないから「決定」の部分は無効であると主張するが、これを認めるべき疏明がないから甲第二号証記載のとおり「審議決定する」と規定せられているものと認めるの外はない。次に被申請人は学校経営上の理由により教授を解雇する場合は右の第十条第三号に含まれないと言うのであるが、右第三号には単に「教授……の進退に関する事項」と記載されているだけであるけれども、その「進退」の「退」のうちには全てその職又は地位の喪失を生ずる場合を包含することは明白であり、またその進退事項につき特段の制限をしていないから、教授等の地位の変更を生ずる全ての場合を包含し学校経営の都合による場合をも除外するものでないことはその文言から言つても明かである。そもそも被申請人大学において右の如き学則の規定の設けられる所以のものは憲法及び教育基本法に規定する「学問の自由」に由来する大学の自治の原理に基く。即ち学問の自由は本来学問的研究活動の自由を言うものであるが、その自由はその任命権者又は外部勢力による圧迫干渉を排除し、研究者の地位を保障するに非ざればその全きを得ない。従つて大学においては教員は研究活動の自由を保障されると共にその任免等の人事についても大学の自主性を尊重してその自治が認められているのである。それによつて学問の自由と教授の自由とが高度に維持されるのである。かくの如く大学自治の原理に基き名城大学においても学則第十条において同大学の教授等の教員の任免等については教授会の審議決定(尤も審議決定と言うも教授会が免職決定権を有すると解すべきものではなく教授会は免職可否の何れかの審議の結果を決定し、これに基き理事会において免職権を有するものと解すべきである)を要するものと規定したのである。従つて右学則第十条は経営上の都合等の理由により教授を免職する場合を除外しないことは自明の理であり、かかる理事会の恣意を排斥し教授の地位惹いて学問の自由を護るためにこそ本条の存在理由があるのである。

然らば申請人の解雇に当つて申請人所属学部教授会の審議を経ていないこと被申請人の認めて争わないところであるから、右解雇はその解雇決定手続において学則違反ありというべく、その違反は究極的には学問の自由に対する侵害にもなるのであるから該解雇は無効であると言わねばならない。よつて爾余の解雇理由の点を判断するまでもなく申請人のこの点に関する被保全権利はその疏明があることとなる。

六、申請人の職務遂行に対する妨害の事実と之が排除を求める権利の存在

そこで次に被申請人による申請人の職務遂行に対する妨害及びその現在の危険があるかどうかについて考えてみる。被申請人が昭和三十四年七月二十九日申請人に対して名城大学本部及び各学部への立入禁止の通告をなしたことは当事者間に争がない。又証人渡辺鎮雄及び申請人本人の供述によれば同年九月中の夜間に田中理事長の代理と称する者によつて学長室の什器備品等が搬出された事実、学長室の扉が釘付けにされたり、又或る時には田中理事長の代理人により申請人が学長室からの退去を要求された事実、更に田中理事長により名城大学の電話加入権が売却された事実、田中理事長によつて予算の支出が止められているため教職員に対する給与が支払われず、夜間の授業に必要な電気も近く送電を停止されるような状態にある事実及び解雇せられた教授等も講義を継続してはいるが、それに対する妨害がなされないよう異常な努力を払つている事実が一応認められ、之に反する疏明はない。右の事実によれば申請人の学長としての、又教授としての職務の遂行に対して現在の妨害行為があり、又今後も何らかの妨害がなさるべき現在の危険があるというべく、申請人は之等の違法な妨害の排除を求める権利を有すると解すべきであつてこの点についての被保全権利もその疏明がある。

七、保全の必要性

そこで更に進んで保全の必要性について審究するに、日比野信一名下に同人の捺印がある(同人の捺印であることは一件記録中の同人の宣誓書の署名々下の捺印と同一であることによつて認められる)から真正に成立したものと推定すべき甲第二十七号証の記載並びに証人渡辺鎮雄の供述によれば、何人が学長であるかが定まらないと次の諸事項について支障を生ずる。即ち名城大学長は入学試験委員会の委員長であつて入学試験に関する事務の総括者であるが、現在既に昭和三十五年度の入学試験についての準備が早急になされることを必要とし、又昭和三十五年三月の卒業見込者の決定も目下の急務であり之が確定されないと卒業生に対し卒業証書を渡すことができない事実、従来毎週定期的に開催されていた大学の最高諮問機関である協議会の招集開催ができない事実各学部における研究、教育に関する施設の購入ができない事実、教員に出張を命ずることができない事実、学生の賞罰等が行いえない事実、その他教学一般に関して重大な支障の存する事実が疏明されるところ、申請人は学長罷免及び解雇の意思表示を受けていて教授として、又学長としての地位が不安定である上、他方被申請人代表者田中寿一本人(第一回)の供述により真正に成立したと認めうる乙第四号証の記載によれば申請人の学長罷免を理事会において議決した後新学長として田中寿一を任命する旨の議決をなしていて、成立に争のない乙第十二号証の記載及び申請人本人の供述によれば、申請人としては自分が学長である旨を学内に掲示して一般にその学長たることを認識せしめなければならない状況にあることが疏明せられるのでこれをそのまま放置すれば学長の地位の教学上の公共性に鑑み影響するところ前記の如く甚大であるのみならず、申請人自身も一俸給生活者として現在の危険にさらされているのであるから申請人の学長であることの地位を仮りに定める緊急の必要性が認められ、しかも申請人は名城大学教授なるが故に学長に任命せられたこと既に一応認定したとおりであるから、従つて又名城大学教授たるの地位を仮りに定むべき緊急の必要性があるといわねばならない。而して学長又は教授としての職務遂行に対し被申請人による種々の妨害行為がなされた事実及び現在なお被申請人からの学内立入禁止の通告がなされたままの状態にあること前記一応の認定のとおりであるから、現在なお妨害行為が存続し、又之がなされる虞は充分にあるといわねばならず、申請人の職務遂行上之を排除する緊急の必要性がある。よつて申請人の本件申請は何れも理由があるから正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 小淵連 梅田晴亮)

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